エジプトに暮らして

 今でこそアラビア語(エジプト語)が話せますが、こちらへ来た当初は基本的な挨拶といくつかの単語を知っているだけでした。街中では英語は通じません。そう、それに加えてそもそもアラビア語の標準語であるフスハ(日本語で言う書き言葉)も街中では通じません。それでエジプト語が話せるようになってやっとエジプト人と親しくなれるんです。 このエジプト語を知っているということは単に意思疎通ができると言うだけでなく、エジプトの物の相場なり、習慣なりー例えばサービスしてあげたらチップはそれなりに払ってくれるよね、などーを知っていると思われることなんだと思います 。

ここで一つ言っておきたい事、それはアラブの国に「定価」という概念が無いのだと思われること。お金のある人はそれなりに高いお金を出して買ってくれるべきだし、提示した額で了解したのならそれが値段というものだと考えている。そう理解すると、人によって値段が違うことが理解できますし、物やサービスの対価を払うことにおいてストレスを感じずにすみます。ガイドブックやご旅行された方のブログなどに書かれている、“ぼったくり”に不快な思いをするのは、人によって値段が違うことが理解できないからですよね?

エジプト人の妻としてこちらへ移住してきましたから、庶民が行く市場で野菜や肉などの食料品を買い、公共交通機関で出来るだけ移動しようと思いました。 私が週に1,2回通う市場は、野菜を中心に鶏肉や羊肉、魚などを売る人が1㎞近くにわたってお店を並べている大きな市場です。ここは活気があっていつもエネルギーをもらうような気がします。 ギザの市場で

どこかへ行く時に公共バスに乗っていくのは相当ハードルが高いです。大型バスの行先はアラビア語でしか書いてないですし、中型のバスや小型のバスは行く先も書いてないので声を掛けて聞かなくてはなりません。上手く乗車できても、車内放送もないですから車掌さんか周りの人に目的地が近づいたら教えてもらわないといけないんです。それに比べるとメトロは乗りやすい。3本しか走っていないので迷うこともありません。 タクシーは言い値での乗車なのでこれもまた初心者には乗りにくいですね。外国人の場合には乗る前に交渉しておくことが大事です。「定価」は無いのですから、行きたい場所へこのくらいの金額なら出しても良い、と言う額で乗ればいいです。それでも降車時にお釣りが無いと言われて不快な思いをすることがあります。最近はUberやCareemといったサービスが出来て、ずっと乗りやすくなりました。 一旦慣れてしまうと庶民の足となる公共の交通機関で移動するのも苦にならず、また出来高収入で生活しているドライバーたちの情報網やしたたかさに感心もし、移動時間短縮の恩恵も被っているこの頃です。 カイロでメトロ・バスをのりこなす

イスラム教の根付く国、エジプト

 実は、人口の約10%はコプト教徒(エジプトで発展したキリスト教の一派)です。思ったより多い。でも街の中はやはりイスラム色が強いと感じます。数えきれないほどのモスクがあり、お祈りの時間を知らせる呼びかけの声、アザーンが聞こえない場所は無いでしょう。そのイスラム教の大きな宗教行事がラマダーン(断食月)明けの祭事と犠牲祭です。

ラマダーン月の過ごし方は、日本でもエジプト人が毎週どこかに集まって断食明けの食事、イフタールを共にしていましたし、なつめやしがモスクで配られてラマダーンに意味のあるスイーツなのだと理解していましたが、日々どのように過ごすかはこちらに来て初めてわかったような気がします。イスラム教徒がラマダーンについて思う気持ち、多くの時間をコーランを読むことに割くこと、クリスマスの様な飾り付け、などなど。詳しくは ラマダーン

もう一つの祭事が「犠牲祭」。これは300万人とも言われるイスラム教徒がメッカへ巡礼に行く期間です。メッカへ行くことができない人は、自国で羊などを捌いて貧しい人などに分けます。これは日本では全く見ることができなかった光景でした。国によっても違うのだと聞いていますが、エジプトでは本当に沢山の羊、牛、ラクダが家の前で捌かれます。その日は道端が赤く染まってしまうほどなのです。 犠牲祭

また私は1996年、2016年の2回、サウジアラビアへ巡礼に行きました。日本語の「巡礼」と言う言葉から私が想像していたものは、自分を律して一心に宗教の教義に従う行事でしたが、イスラム教の巡礼はむしろ大人の遠足。それも世界中から集まった言葉・習慣の違うイスラム教徒たちの大遠足でした。第一回目の1996年の時は、生まれながらのイスラム教徒と頭でイスラムを理解して入信した私のようなイスラム教徒との違いを深く感じました。でも行って本当に良かった。心から遠足を楽しんでいるイスラム教徒たちと時間を共有できて。 巡礼―300万人の大遠足

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